アメーバ経営で有名な京セラの創業者であり、日本航空の再生でも力を振るった名経営者、稲盛和夫さんが会計について記した本になります。

いかにも昔ながらの実務者が語るという内容で、精緻さや体系の美しさはありません。普遍的な理論を求めている人には不向きでしょう。ただ、行動経済学が注目を浴びているように、政治学や経済学ではどのような人物を「普通の人間」と想定するか、現実における「摩擦」をどう扱うかはホットなトピックです。この「摩擦」という点について示唆のある内容もちらほらあったため、そこを評価して星2つとしました。



〇感想

いわゆる「有名な経営者が自由にだらだら喋った内容をそのまま書き写した」系の本です。変わった手法を打ち出して自分の経験をその裏付けとし、最後は「世の中ってのはこんなもん」とか「信念が大事」とかで締めることでそれっぽく見せているので、演繹的な議論やデータ(とその分析)に基づく実証は期待してはいけません。その時点で評価を低くせざるをえないというのが結論です。

ただ、稲盛さんが推奨する管理会計の方法として、いくつか面白いものがあったので以下にピックアップしてみます。


・一対一対応の原則

モノの動きと会計上の数字の動きを一致させるという考えで、当たり前といえば当たり前なのですが、稲盛さんはこれを徹底します。取引先から検収の前倒しや後ろ倒しを(法律の範囲で)要求されてもそれを飲まず、海外にまで広がる長い物流網の中で商品だけを早く入手しないと納期に間に合わない場合でも、一対一になるよう創意工夫を行います。普通の経営者であれば取引先と懇意にして機嫌をそこなわないことを重視したり、モノを間に合わせることに必死になって他のことを後回しにする場面でも、そういったメリットを犠牲にしてまで一対一対応を貫くことはなかなか心理的に抵抗があったことでしょう。しかし、一対一対応している「極めて正確な伝票の動き・財務諸表」を入手することを優先していることは特筆に値します。取引先との関係や、あまつさえ納期の危うい取引に対処することよりも正確なデータの方が高価値であると判断している。ここには慧眼があると言わざるをえません。データ分析が繁栄することで一層データの「質」が求められる時代を先取りしているといえますし、目の前の利益に飛びつかず、後の判断の基礎になるにすぎない会計処理の正確さを重視することでかえって長期的にはうまくいくという考え方はおいそれと持てるものではありません。また、「曖昧な判断」を現場が求められないことで、その負担も軽くなっているでしょう。色々な情報に惑わされることで生まれる、困惑と苦慮という「摩擦」を減らすことに注力しているといえます。


・仕入は必要な分だけ

多くのメーカーはこれに疑問を投げかけるのではないでしょうか。ボリュームディスカウントや相場下落時の一斉仕入は断固として行わず、割高であっても必要最小限だけ仕入をするというものです。稲盛さんはこれを採用したきっかけとして、幼き日に母がサツマイモを安値で大量買いし、結局腐るのを恐れて近所の子供に分け与えてしまっていた様子を挙げており、実際、在庫を入れるための倉庫がいらないなどのメリットがあったと主張しています。しかし、想い出に基づく情緒的な根拠を経営の基礎とするのは危うく、また、倉庫代を差し引いても安いと思っているからこそ、他のメーカーは大量仕入れをするわけです。それでは、「仕入は必要な分だけ」の本当の良さは何なのでしょうか。答えは「管理の簡便さ」にあると思います。大量に仕入れ、それを搬入・搬出したり、個数を管理したり、次の仕入れ量を調整したりすることは知的に高度であって精神的にも負荷が大きく、それこそ、ある程度の質の人員がそれなりの数で必要とされます。

しかし、「仕入は必要な分だけ」ならばどうでしょうか。値段を気にせず、ただひたすら必要な分だけを仕入れるならば、仕入や在庫管理は純粋に機械的な仕事となります。これは現場の負担を劇的に減らすでしょう。もちろん、「仕入」という単位だけ、「物流」という単位だけ、「在庫管理」という単位だけで見ればそれぞれに良いやり方があるに違いありません。しかし、そういう単位で部門を分割し、人に役割を与えるからこそ、部分最適しか達成されません。「物流」や「在庫管理」のような「摩擦」に人員や労力を過剰に割いているのではないか、あるいは仕入れの際の熾烈な「値切りの条件争い」に過剰なリソースを投入しているのではないか、という疑問から始めてこの発想にたどり着けばなかなかのものだと思います。人間が完全に「理性的」であり、自分の仕事範囲に関する様々なことを管理できるのであれば、全てに労力をかけてもいいのかもしれません。しかし、実際には「摩擦」があります。複雑でストレスフルな仕事は「面倒くさい」ということ、並行作業はやる気面や集中力面も含めて能率が極端に落ちるということを考えれば、この単純な手法こそ、経営の核になる部分に力を入れられるやり方なのかもしれません。稲盛さんは単純化の効用としての、「理解する労力」「複雑な雑務をこなす面倒くささによるモチベーション低下」といった、あまりアカデミックな世界で考慮されてこなかった事情を上手く経営に取り込めていたのだと思います。


・時間当たり採算制度

アメーバ経営のことなのですが、要は標準原価制を採用せず、各部門(アメーバ)をあたかも一つの会社のように見なし、値決めもそれぞれの部門間で行い、「経営」成績(「生産」成績ではない)も部門ごとに出すという仕組みです。ここで面白いと思ったのは、「屑」の売却額もその部門の「売上」に含めるというところで、生産性を上げて得た100円も、「屑」売却で得た100円も同じだからそうしたというところです。これはたいへん面白いと思います。つまり、成果さえ上げれば、努力の向け先はどこでもいいということです。多くのメーカーではきっと生産系の指標だけを見て生産部門のパフォーマンスを管理していると思いますが、そこでは、「高く売れるように屑がバラバラにならない設計の機械にする」といった発想は出ないわけです。メーカーの経営者として、「屑の売却益もその部門の成績にしている」ことを美点として書く人はなかなか珍しいと思います。視点を広く持ち、あるいは、広い視点からの意見が集約され、実行されるシステムが光る事例なのではないでしょうか。どういう指標でその企業のパフォーマンスを測るか、というところにも示唆を与えていると思います。上層部の「想い」と現場がやりたい工夫との「摩擦」を減らす、面白い取り組みだと思います。


人間は煩雑な業務を前に「面倒くささ」を感じ、その場その場の情報に振り回され、個人個人の合理性の結果として上層部の言うことに不満を抱きながらも真顔で従うものです。そういった特性を踏まえた経営である、というフレームワークのもとで稲盛さんが提示する個々の事例や細分化された体験談を見てみると面白いのではないでしょうか。そういう見方が好きだという方には、暇つぶしになる一冊だと思います。