混迷深まるEUの情勢を歴史的に振り返りつつ、今後の展望を解説するという著作です。

著者の遠藤教授はヨーロッパ経験も長いようで、現在のヨーロッパ情勢を概説する書としてはよくまとまっていたと思うのですが、制度的な面に社会科学的手法を用いて深く切り込むことはなく、ある程度新聞を読み、通り一遍の解説を知っている人にとっては耳にタコな話が多かった印象です。



〇感想
 
本書は三部構成となっており、第一部「危機を生きるEU」では現在起こっているEUの危機の経緯を四つの側面に分けて洗い出しています。第二部は「複合危機の本質」と題し、EU統合の過程を説明し 、今回の危機を起こした構造や今回の危機に対応したEUの手法が歴史的にどう構築されていったのかを解説しています。また、諸問題の解決策として誕生したEUが、その構造ゆえに問題の震源になっていることにも章を割いています。第三部では、「欧州と世界のゆくえ」というタイトルで今後のEUがどのような形で生き残っていくかという展望が述べられています。

第一部は第一章から第四章で構成され、それぞれギリシャ問題(やイタリア経済を含むユーロ圏の経済課題)、難民問題、頻発するテロ、イギリス離脱についてこれまでのあらましが述べられています。ギリシャ問題については、通貨と市場の統合を果たしながら財政が統合されておらず、再配分が行き渡らないためにギリシャ等の周縁的な国で経済が疲弊すること、難民問題については、受け入れに肯定的なドイツと、否定的な東欧諸国との対立と伸長する極右政党が既存の中道勢力を脅かしていること、テロについては、シェンゲン協定による移動の自由が保障されているにも関わらず、各国の内務機関の連携が進まずテロリストが野放しになっていること、イギリス離脱については、高齢者や中下流層が離脱派に投票し、保守党や労働党が内部で分裂しており、残留希望が多いスコットランドではスコットランド国民党が伸長していることが述べられています。

著者自身が「はじめに」で記している通り、ある程度知っている読者にとっては読み飛ばしてもよいところであり、「聞いたような話」が多かった印象です。

第二部は第五章と第六章、第七章で構成され、第五章では主に歴史を振り返り、EUがこれまでもたびたび危機にさらされてきたこと、第六章では、ユーロやシェンゲンといった諸政策においてEUが抱える根本的な問題やジレンマが述べられ、また、議会や執政府が依拠すべき域内の人々のアイデンティティや、民主的正当性をEUが調達できていないことも問題だと述べられています。第七章では、それでもなおEUが生き残り続けることを、貿易交渉や国際機関でのEUの影響力や、各国のEUへの肯定度合いを理由に主張しています。

確かにEUがこれまで何度も分裂の危機を経験してきたことは確かで、古くはド・ゴールの独自外交、最近だとイラク戦争における英・仏独他の意見対立などが挙げられていますが、この主張も「EUが必ずしも安定的ではなかった」という点を指摘し、「昔のEUは良かった」という言説に疑問を投げかけるという範囲に効果は留まり、条約や協定への批准が域内国から国民投票で否定されてきたことも含め、既に高校の現代社会や歴史の教科書に載っているレベルであり、「かつてのEUへの幻想」を抱いている層をわずかばかりたしなめる効果しか持っていないでしょう。また、第六章では財政統合や銀行同盟、内務関係の連携など、「統合」が不十分であることがEUの危機を深刻化していると述べられていますが、かなりの程度第一部の焼き増しであり、また、様々な媒体でしばしば言及されていることでもあります。加えて、「ヨーロッパ市民」としての意識の希薄さや、各国が各国に対してステレオタイプ(「ギリシャ人は怠惰」等)を持っており、それが危機の際に相互不協力のトリガーとなっていること、さらに、低投票率とアイデンティティの問題からEUの民主的正当性が小さいことを述べていますが、そういった、理念的観念的な側面からしか問題が語られず、しかも、ステレオタイプや「ヨーロッパ市民」としての意識の薄さの根拠は何なのかは明確にされていません。加えて、そういった具体的障害でないことがEUの政策的統合の全てを阻止しているような書きぶりで、社会科学的な考察はなされないままでした。確かに、ギリシャの債務削減は大幅なものではありませんでしたが、ある程度の債務削減や財政支援では合意していますし、難民問題についても、一切を受け入れない、協力しないという話にはなっていません。また、財政統合や銀行同盟はありませんが、欧州中央銀行を通じた債務保証など、一定程度のEU集権的な支援はなされています。これらの点については本作でも言及されているのですが、なぜ、「全力で助ける」でも「一切切り捨てる」でもない、その真ん中で均衡しているのか、その点の解説なしには、理念観念で押し切る居酒屋談義+αの域を出ないでしょう。最後のEUが生き残り続けるという点については納得できますが、「EUはすぐにでも崩壊する」という極端な言説にあらがう程度のものでしかなく、今後、EUの影響力がどう変動し、どこで下げ止まる(均衡する)のかというところの言及はありませんでした。

第三部では、イギリス離脱後のEUの展望が述べられています。イギリス離脱の影響は大きいというほどではなく、また、今後はドイツ一色に染まり危険だというよりは、むしろ大国ドイツが遠慮することなく適切な権力行使をすることが大事であり、このままドイツが緊縮を押し付けたりするだけではより瓦解が強まると述べています。
 加えて、影響力の大きい原加盟国(独仏伊ベネルクス)を第一部、そこからユーロやシェンゲンへの加入具合により第二部、第三部とサッカーのリーグのようにEUが階層化し、第一部から先進的な統合が進んでいくことになるのではないかと予想しています。しかしこれは、これまでと同じだと言っているに過ぎません。これまでも、EU加盟やユーロ導入にはある程度の政治的経済的基盤が要請され、だからこそ原加盟国やそれに近い国から統合が進み、そうでない国は未だに統合の端にいるのです。これまでもEUの諸枠組への加入の順序は「強い順」でしたし、これからもそうでしょう。その「強い順」を第一部、第二部、第三部と言い換えただけで、「イギリスが自ら第一部から第二部への降格を選んだ」という見方がやや目新しいくらいです。
 
 とはいえ、本書は短いページ数でEUのあらましと現在の危機をまとめていることは確かです。総括すると、「非常に優良な新聞切り抜きの繋ぎ合わせ」と言えるのではないでしょうか。まさに昨日今日、EUに興味を持ち始めたが、何から読んでよいか分からないという人にはオススメできると思います。